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2009.06.04

子供の守護神/09年、四季の花(96)

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チガヤです。
花そのものを楽しむというより、チガヤのある風情が好きです。

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秋のススキに通じる風流♪ そう思っていたのですが、

花言葉:子供の守護神

意外な花言葉ではありませんか!
「チマキはササの葉ではなく、茅ガヤに巻いた茅巻である」
昨年も自分の備忘録的に、メモ書きしたことの意味がやっとわかりました。
チマキといえば、童謡の「背くらべ」。

柱のきずは おととしの
五月五日の 背くらべ
ちまきたべたべ 兄さんが
計ってくれた 背のたけ
きのうくらべりゃ なんのこと
やっと羽織の ひものたけ
〈背くらべ/作詞:海野厚、作曲:中山晋平〉

子供の成長と健康を願う親心と、チガヤは密接な関係にあったんですね♪

因に、歌詞冒頭の柱のきずは、何故昨年ではなく一昨年なのか?
作詞の海野厚(うんの あつし/1896~1925)が、
田舎(静岡)の弟の背を計ったのが、一昨年。
その後、早稲田大学に入学し、単身上京。
以来、病弱で田舎に帰えれない7人兄弟の長男だった海野厚が、
弟たちを思って書いた詞だそうです。
海野厚は、残念ながらたった28年の生涯だったとのこと。

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【チガヤ】
茅萱。イネ科チガヤ属。アジア、熱帯地方原産。
5月1日~21日撮影。













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この記事へのコメント
チガヤ、私も少しばかり見かけました。
この白っぽくて細くふわっとした風情、引かれますね。
ススキが原にも憧れますが、チガヤが原も綺麗でしょうね。
 
ちまきの葉っぱは本当はチガヤの葉なんですか。
端午の節句に食べるちまきだから、チガヤの花言葉は子供の守護神。
なるほど…
 
何の気なしにほのぼの光景を思い描きながら歌っていた歌ですが、
歌詞の背景にはそんな切ない思いがあったと初めて知りました。
弟のことを思っていた兄は、早世してしまったのですね。
弟たちは兄の分まで健やかに生きられたでしょうか。
Posted by ポージィ at 2009.06.04 17:35 | 編集
へぇ~、背くらべの歌のお兄さんは戦争に行っていたので
おととしと云う歌詞だと思っていました。
歌詞の中で、「一はやっぱり富士の山」と云うところが好きです。

チガヤの穂って食べれるんですよね。
食べた事ありますか?

散歩道の空き地に群生していますよ。
風にユラユラ揺れているのを見ていると、ちょっともの悲しい気分になります。

万葉集に、この花を詠んだ歌が25首もあるんですよ。
昔からユラユラ揺れていたんですね。

Posted by ロッキーママ at 2009.06.04 20:02 | 編集
以前にもチガヤの出始めの花穂を、子供の頃食べた話はしたと思いますが、ロッキーママさんはご存知でしたね。
今思い返すと決して美味しいものではありませんが、懐かしくはなります。
かといって、見かけることはありますが、決して口にしないのは、美味しくないことを身体が憶えているからかな(笑)。

チマキは、もともとはチガヤの葉で包んだんですか?
あんなに細い葉で、どうやって包んだんでしょうね。

ごめんなさい。
屁理屈人間だったもので、一昨年は羽織の紐の高さだったのが、2年間で倍近くも成長するなんて有り得ないと、子供心に思っておりました。
優しい兄の思いが込められた歌だとは、つゆ思いもしなかったもので。
海野さん、ほんとにごめんなさい(笑)。
Posted by goro’s at 2009.06.05 01:19 | 編集
ポージィさん

>チガヤ、私も少しばかり見かけました。
この白っぽくて細くふわっとした風情、引かれますね。
ススキが原にも憧れますが、チガヤが原も綺麗でしょうね。

ススキの原はダイナミック。
チガヤの原と呼べる所にはまだ行ったことはありませんが、それでもススキよりは繊細でしょうね。きっと♪
 
>ちまきの葉っぱは本当はチガヤの葉なんですか。
端午の節句に食べるちまきだから、チガヤの花言葉は子供の守護神。
なるほど…

関連付けしただけで、具体的に端午の節句=チガヤ=子供の守護神って断定はできませんが、花言葉は神話、伝説、花の特徴、その他、等によって言い伝えられた言葉だそうですから、桜餅やチマキなんかは、自然の素材を用いて、子供の健康を願うって週間からきたのではないですかね?
そんなところで、チガヤは子供の守護神になったのではないでしょうか。
花言葉サイトに不完全なところは、出典の説明が欠落してるところです。それは単にそこまで記述した文献がないからなのしょうね。。。
 
>何の気なしにほのぼの光景を思い描きながら歌っていた歌ですが、
歌詞の背景にはそんな切ない思いがあったと初めて知りました。
弟のことを思っていた兄は、早世してしまったのですね。
弟たちは兄の分まで健やかに生きられたでしょうか。

海野厚は病弱ながらも、「背くらべ」の作曲者中山晋平らとともに「子供達の歌」を出版し、雑誌「海国少年」の編集長も務めたそうです。28歳で結核により他界したらしいですが、7人兄弟の長で、おそらく子供が大好きな青年だったんでしょうね。
Posted by noodles3 at 2009.06.05 11:43 | 編集
ロッキーママさん

>へぇ~、背くらべの歌のお兄さんは戦争に行っていたので
おととしと云う歌詞だと思っていました。
歌詞の中で、「一はやっぱり富士の山」と云うところが好きです。

富士山の素晴らしさは、周囲に邪魔するものがなく、富士山だけが突出しているからなんでしょうね。あと形!

いずれにせよ、花を愛でることがなければ、死ぬまで知らなかったかも知れない逸話。得した気分です♪

>チガヤの穂って食べれるんですよね。
食べた事ありますか?

僕は経験がないです。そういえば北海道ではチマキを食べる習慣もないです。あ、ゴローさんが食べたことあるそうですよ。

>散歩道の空き地に群生していますよ。
風にユラユラ揺れているのを見ていると、ちょっともの悲しい気分になります。

なるほど。
僕は自然の風景に物悲しさを覚えることはあまりないです。
強いて言えば、
子供の頃、縁日で片腕や片足がない帰還兵が、ハーモニカやバイオリンを演奏しながら物乞いをやっていた光景。
あるいは今の戦争時脇の「花屋敷通り」なんかも、かつての繁栄の残骸のような気がして、少し凹みますね。。。

>万葉集に、この花を詠んだ歌が25首もあるんですよ。
昔からユラユラ揺れていたんですね。

検索しているときに記述がありましたが、昔は田んぼ脇や河川敷にたくさんあって、馬の餌にするため定期的に刈り取り、管理していたそうです。
それが農耕の機械化なので必要がなくなり、自然にススキ、セイタカアワダチソウなどに制圧されてしまったそうです。
Posted by noodles3 at 2009.06.05 11:58 | 編集
goro'sさん

>以前にもチガヤの出始めの花穂を、子供の頃食べた話はしたと思いますが、ロッキーママさんはご存知でしたね。
今思い返すと決して美味しいものではありませんが、懐かしくはなります。
かといって、見かけることはありますが、決して口にしないのは、美味しくないことを身体が憶えているからかな(笑)。

とびきり美味かったなら、ゴローさんのことだもの、今でもせっせと採取するでしょう!(笑)

>チマキは、もともとはチガヤの葉で包んだんですか?
あんなに細い葉で、どうやって包んだんでしょうね。

和名のチガヤは、チマキからとったとの節もあるようですよ。
細過ぎるので、笹の葉に代用されてしまったのでしょう(笑)。

>ごめんなさい。
屁理屈人間だったもので、一昨年は羽織の紐の高さだったのが、2年間で倍近くも成長するなんて有り得ないと、子供心に思っておりました。
優しい兄の思いが込められた歌だとは、つゆ思いもしなかったもので。
海野さん、ほんとにごめんなさい(笑)。

実家には3人の妹と3人の弟がいたそうで、中でも17歳年下の弟は、海野にとって特別に可愛い存在だったそうです。もう2年も帰省していないが、弟は大きくなっているだろうか?元気に暮らしているだろうか?
ってことで、一昨年はまだ小さかったけど、今は羽織の紐の高さになっているかな?・・・ってことじゃないかな???
Posted by noodles3 at 2009.06.05 12:12 | 編集
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